ミニストーリー VOL.4 天羽悠紀編

作:桑原文彦

「ねぇ、お母さん。あの人……何やってるのかな?」
ニューヨークの街角。
母親とおぼしき人物に連れられた、十にも満たない少女が不思議そうに呟く。
「なあに? 悠紀ちゃん。何か面白いものでもあった?」
多種多様な人種が雑多に行き交う交差点で、日系人の親子が足を止め、母親があやすように子供に語りかけた。
「あのね、あの人……さっきからずっと、あそこに立ってるの。信号が変わったのに、どうして渡んないのかな?」
娘の指さす方を見つめる母親。
しかし、指し示す方向には、誰も見あたらない。いや、いることにはいるのだが、娘の言う『立ちつくしている人』に該当する人物が見あたらないのだ。
「どうしたの? 誰もいないわよ?」
「ほら、そこに立ってるよ。なんか、哀しそうな顔してる……」
なおも交差点を指さし、呟く少女。
しかし、母親の目には何もうつらない。
目に映るのはただ、交差点の隅に添えられた、色あせて枯れ始めている花束だけだ。
「悠紀ちゃん?」
意味の分からない事を呟く少女に声をかけようとした瞬間、別の方向から声がかかる。
「おかーさん!! おねーちゃん!!」
叫びながら駆け寄り、母親の足にすがりつく小さな少女。
「あらあら、悠加ちゃん。どうしたの?」
「ねぇ、早く行こうよぉ! パパが待ってるんでしょ! 飛行機に乗り遅れちゃうよ」
さらに悠加は、何かに怯えるように訴えかける。
「大丈夫よ、まだ余裕があるから」
娘の台詞を、他愛のない心配事と受け止め、軽く受け流す母親。
しかし、母親の目には映っていなかった。
姉の悠紀が指さす『人物』が彼女たちに気が付き、そろりと動き始めた姿が……。

「ここがお祖母ちゃんの……おとーさんと、おかーさんの生まれた国なの?」
悠紀がバスの窓から外を眺めながら両親に尋ねる。
ハイウェイから見下ろす町並みは、見慣れたアメリカと似ているようで違う風景。
どこか歪んだ町並み。
「そうだよ。お父さん達の故郷なんだよ」
「お祖母ちゃん……怖くない? 優しい人だといいなぁ」
まだ見ぬ祖母を思い浮かべる悠紀。
クラスメイト達の語る『グランマ』の話を思い出す。
厳しかったり、頑固だったり、怖かったり……。
でも、総じて出てくるのは『でも、優しい人だよ』という言葉。
(悠紀のお祖母ちゃんもやさしいかなぁ? うん、きっと優しい人だよね)
「優しい方よ」
長旅で疲れて寝てしまった悠加を抱きかかえながら母親が答える。
「まぁ、ちょっと変わってるけど、面白い人だよ」
複雑な顔をしながら、父親が続ける。
「面白い人?」
「ああ。母さん……いや、お婆ちゃんは、ちょっと普通と違うとこがあるから。でも、強くて、優しい人だよ」
「ふぅ〜ん……」
(パパの言うこと、良くわかんない。でも、優しくて面白いお祖母ちゃんなんだ……)
徐々に形になりつつある『お婆ちゃん像』を心の中に思い浮かべる悠紀。
ボーっと考えにふけっていると、突然、バスの動きが鈍くなる。
渋滞だ。
「何かあったのかしら?」
呟き、外を見つめる母親。しかし、電光掲示板にはまだなんの情報も出ていない。
ノロノロ運転がしばらく続いた後、けたたましいサイレンを鳴らしながら、ハイウェイパトロールがバスを追い抜いていった。
事故か、と父親が口にしてすぐ、サイレンの音が止まる。思いの外、近かったらしい。
それから10分もしない内に、悠紀達の乗ったバスが事故現場に通りかかる。
「うわっ、こりゃ酷い……」
余りの光景に、思わず声が漏れる。
事故現場。
トラックとバス――遠足か何かか、悠紀とたいして年の変わらない児童達がたくさん乗っている――が衝突し、炎上していた。
その周囲には、手当を受ける子供達。だが、それはまだ幸いな方だ。
すでに手がつけられず、青いビニールシートを被せられている者もいるのだ。
まるで地獄絵図を彷彿させる。
しかし悠紀の目には、いまだに自分の死に気付かず、炎の中で苦しむ児童の姿が映っていた。身体の一部を失い、潰され、炎に舐められ……身体の傷そのままの姿でもがき苦しむ魂の姿が。
まさに地獄絵図そのものだ。
余りの凄惨な光景に、悠紀が声にならない叫びをあげる。
「悠紀!? どうした!?」
いち早く異変に気が付いた父親が、カタカタと震える悠紀を窓際から引き剥がし、抱きしめる。しかし、悠紀の心は、瞳は、先の光景に捕らわれ、恐怖に震えていた。
その時、突然叫び声があがった。
「いやぁっ! 怖いよぉ! みんな……みんな死んじゃう! 焼け死んじゃうよぉ!」
今まで寝ていたはずの悠加の叫び。
窓の外の光景を知らないはずの悠加の言葉にとまどいながらも、抱きしめあやす母親。
結局、バスがその場所を離れるまで、2人はただ震え、泣き続けていた。

「ふぅ、やっと着いたな」
件のバスから降り、電車とタクシーを乗り継いでたどり着いた場所――前羽根市、天羽護国神社。悠紀と悠加の実家である。
長旅で疲れて眠ってしまった悠紀と悠加を、それぞれ抱きかかえた両親が鳥居をくぐったその時、本殿から出てきた一団とすれ違った。
スーツをピシッと身にまとったその一団は、悠紀達を一瞥すると無言のまま鳥居をくぐり、去っていった。
続いて本殿から現れたのは、小柄な老婆――天羽双葉である。
双葉は息子夫婦の腕に抱かれた孫を見ると、嬉しそうに駆け寄った。
「おお、久しぶり。良く来たな。こんなに立派になって」
「久しぶり、母さん。」
「お久しぶりです」
互いに挨拶を交わすと、母屋へと歩き始めた。
「母さん……一人暮らしには慣れた?」
「爺さんがいないと、ちょっと静かだけどね。もうなれたよ」
悠紀達の父方の祖父は既に亡くなっている。3年前、眠るように息を引き取った。
「ところで、さっきの人たちは?」
スーツの一団が消えていった鳥居を振り返りながら悠紀を抱きかかえた父親が訪ねた。
「ああ、気にしなくていいよ。いつものだよ」
なんでもないような口調で、双葉がそれに答える。
「……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。このオレに心配なんてナッシング。するだけ無駄だよ」
親子で交わされる、情報の欠如した会話に着いていけず、つい妻が口をはさむ。
「あなた、なんの話?」
「まぁ、大きな声じゃ言えないんだけどねぇ……簡単に言って、御祓いの依頼だよ」
簡潔に説明する双葉の言葉の後に「神社だからね」と付け加える夫。
「ふぅ〜ん……」
そんなことを話しているうちに母屋へとたどり着いた。
戸を開けると、ふわりと畳の香りが鼻孔をくすぐる。
居間に通され、荷物を降ろして一息つく頃には、悠紀と悠加の2人も目が覚め、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回していた。
「悠紀ちゃん、悠加ちゃん、お婆ちゃんだよ」
父親に言われて紹介されたのは、穏和な笑みを浮かべた小柄な老婆だ。
「えっと……天羽悠紀です。初めまして、お祖母ちゃん」
「悠加です。よろしく」
「はい、初めまして、双葉です。うんうん、いい子だ。良く挨拶できたね」
心底嬉しそうに微笑むと、双葉は2人を抱きしめた。
(よかった、やっぱり優しいお祖母ちゃんだ)
「さてと、早速歓迎パーティーの用意をしないとね。悠紀ちゃんと悠加ちゃんには、美味しいご飯をご馳走してあげるよ」
「あ、私も手伝います」
立ち上がった双葉に続いて、母親も腰を上げる。
「いいんだよ。今日は、あんたもお客さんだ。ゆっくりしていきな。ああ、でも7時をまわりそうだったら、手伝ってもらおうかな」
「なにか用事でもあるんですか?」
「違う違う。どうせ母さんの事だ、『見たいテレビがある』とか言うんだろう?」
2人のやりとりを聞いていた父親が可笑しそうに笑いながら口をはさんだ。
「当たり前だよ。それに今日はな、前々から気になってたインディーズバンドのデビューと、アイドルグループの新曲発表なんだよ。見逃すわけには行かないだろう?」
「相変わらずだな、母さんは」
諦めたような、それでいて安心するような口調。
「いいだろう、このババアの唯一の楽しみにケチを付けるんじゃないよ。そんなことを言うと、哀しくてポックリ逝っちまうよ」
縁起でもない言葉を悠紀の父親は「まだまだ大丈夫だよ」と軽く受け流す。
「そうそう、悠紀ちゃんと悠加ちゃんには、冷たい麦茶をあげようね。お菓子でも食べながら、ゆっくり待ってな。でも、食べ過ぎちゃダメだよ」
双葉は麦茶とビール、お菓子とおつまみをあわただしく用意すると、台所の奥へと引っ込んでいった。

「ねぇ、お姉ちゃん、このお家の探検しよう」
夕飯も終わり、あと子供のする事と言えば、せいぜい風呂に入って寝るだけだ。しかし、アメリカとの時差もあり、まだ眠くならない子供達は、そろそろ退屈になってきた。
両親とお婆ちゃんは、お酒を飲み始めてしまい、楽しみにしていた『お話』も期待できそうにない。
「うん、そうだね。ねぇねぇ、お祖母ちゃん。このお家の探検していい?」
「ああ、いいよ。ただし、オレの大切なブロマイドをいじっちゃダメだぞ」
「はぁ〜い」
2人仲良く返事し、その場を去ろうとした時、双葉は何かを思いだしたかのように言葉を付け足す。
「そうそう、本殿には近づいちゃダメだぞ」
「本殿って……あの『おっきな建物』?」
「そう。あそこには、このババアが『いいよ』って言うまで近づいちゃダメだぞ」
うって変わって真剣な表情の双葉。その迫力に負けた2人は、ただ頷くだけだった。
早速、『探検』を始めた2人。
古いタンス、綺麗な欄間、壁に掛けられた長い絵。アメリカ生まれの2人には、見るもの全てが珍しく、襖や障子でさえ面白い物だった。
やがて、家のあちこちを探索しつくした2人に残されたのは、例の本殿だけだった。
互いに見つめ合い「どうしようか?」と声にならない言葉を交わす。
「お姉ちゃん、いってみようよ!」
好奇心に負けた悠加が提案する。
「でも……お祖母ちゃんが『ダメだ』って……」
「んもう、お姉ちゃんの……えっと……い……いく……そう!! 『意気地なし』!」
憶えたばかりの言葉を使いながら「べー」っと舌を出す悠加。
「いいもん、あたし1人で探検するもん!!」
そう言うと、「ててっ」と走っていく。
追おうとした悠紀だが、後ろから聞こえてきた声がそれを押しとどめた。
「悠紀ちゃーん、悠加ちゃーん、お父さんと一緒にお風呂に入ろう!」
「パパ……」
「あれ? 悠加ちゃんは?」
(どうしよう……おっきな建物に行ったこと……喋っちゃったら、お婆ちゃんに怒られちゃうかな……)
「悠紀、知らない。ホントだよ。多分、お部屋か、おトイレじゃないかな?」
「そっか……じゃあ悠紀ちゃん、先にお風呂に入っちゃおうか?」

「ふぅ〜。どうだ、アメリカのと違って、日本のお風呂は広いだろう?」
父親はのんびりと身体を伸ばす。
しかし、悠紀は本殿へと向かった悠加のことが気になって、冴えない顔をしていた。
「どうした? 疲れたちゃったか?」
元気のない悠紀を心配して父親が顔をのぞき込む。
その瞬間。
悠紀の顔色が変わった。恐怖をはらんだ瞳、今にも叫びださんと震える口元。
「しっかりしろ! どうしたんだ!?」
「いやぁぁぁぁっ! 助けて!! 悠加ちゃんを助けて!! いやぁっ、怖いよぉ!」
突然の叫び声を聞きつけて、双葉が風呂場に飛び込んできた。
「ど、どうしたんだ?」
「悠加ちゃんが……悠加ちゃんが、『おっきな建物』に……お願い、助けて!!」
悠加が本殿にいるという言葉を聞いた双葉の表情が凍り付く。
「まさか……大丈夫、このババアに任せておけ」
きびすを返して風呂場を後にしようとする双葉。しかし、悠紀がそれを呼び止める。
「悠紀も……悠紀も行く! 悠加ちゃんが呼んでるの!!」
「悠紀ちゃん……もしかして……」
双葉が父親へと視線を移す。彼は何も言わずに、ただ頷いた。
「よしっ、怖いかもしれないけど、このババアが守ってあげるからね」


「悠加ちゃん!!」
本殿にたどり着いた悠紀達が目にしたモノは、言うなれば巨大な闇だった。
ただ、普通の闇と違うのは、ズラリと並んだ鋭い牙、突き出た闇色の腕、そして闇よりも暗い落ちくぼんだ二つの瞳を持っていることだ。
悠加は既に意識がないのか、床に倒れていた。そしてその身体には、絡みつくように闇が包み込んでいた。
「悠加ちゃんを放して! この化け物!! 悠加ちゃんを返してよ!!」
「やっぱり……見えているようね……」
双葉は呟くと、駆け寄ろうとする悠紀を抑えつけた。
「大丈夫、悠加ちゃんは私が守ります」
「おばあ……ちゃん?」
突然の祖母の変化にとまどう悠紀。妖怪を前にした双葉は、優しさよりも凛とした強さを感じさせていた。
「私が相手になります。かかってきなさい『暗がり入道』!!」
啖呵を切り、刀印を結んで一閃する。すると、どこからともなく拳八つ分程の長さを持った剣が姿を現した。
対する妖怪は、声にならない咆吼をあげつつ、双葉へと襲いかかる。
繰り出される巨大な腕を右に左に裁きながら距離を縮める。そして懐に潜り込んだ双葉は、裂帛の気合いと共に妖怪を両断した。
おぞましい断末魔の咆吼をあげつつ、妖怪は徐々に霧散していった。
そしてかつて妖怪だったものが、「ころり」と床に転がった。
「悠加ちゃん、悠加ちゃん、しっかりして!! 死んぢゃやだぁっ!!」
必死に悠加を揺り動かす悠紀。しかし、悠加はピクリとも動かない。
「大丈夫、気を失っているだけです。安心して、絶対に死んだりなんてしないわ」
「おばぁちゃん……」
不安そうにみつめる悠紀。
双葉は安心させようと微笑み、悠加を抱き上げる。
「お布団でゆっくり休めば大丈夫ですよ。それより、悠紀ちゃん。もしかして、あなた……さっきの妖怪……見えていたの? 他にも色々……見えたりしたの?」
「うん……。燃えてる人とか、首のない犬とか、角の生えた女の人とか……悠紀、そんなの見たくないのに……でも、見えるの……助けてよぉ……」
昼間の光景が、恐怖が脳裏に蘇り、泣きじゃくる悠紀。
「可哀想に……そうだ、これを持っていなさい。お守りなのよ」
そう言って取り出したのは、小さな鈴の付いた短刀――守り刀だ。
「これを持っていれば、怖いモノは悠紀ちゃんには近づけないわ。それに、恐怖に負けそうになっても、必ず、私が守ってあげるから」
そう言って渡された守り刀。
手にすると、暖かな『何か』が伝わってくる気がする。今まで感じていた恐怖とか悲しみとかが、和らいでいく。
「ありがとう……お祖母ちゃん!」

「お祖母ちゃん、バイバーイ!!」
数日後、天羽神社を後にする悠紀達の姿があった。
悠紀の手には、双葉から託された守り刀がしっかりと握りしめられていた。
「お義母さん。子供にこんなモノ持たせて……大丈夫なんですか?」
「なぁに、気にするな。どうせ、抜けやしないよ。アレが抜けるようになったら……その時は、その時だね」
訳の分からないことを言う義理の母に頭を悩ませつつも、夫が何も言わないのでとりあえずこれ以上口をはさむのを止めた。
「母さん、苦労かけるね。本当なら、僕が……」
「いいんだよ。お前は、お前が望む道を進めばいいんだ。それよりも、後1人、孫を作る気は無いかい? オレとしちゃあ、可愛い孫娘もいいんだけど、元気で格好いい孫息子も欲しいんだけどねぇ。もちろん、オレの孫なんだから、アイドル顔負じゃなきゃね。」
さらに色々と注文を付けようとする双葉の言葉を遮る父親。コレばっかりは自分一人じゃどうにもならないからと、笑って答える。
「お祖母ちゃん!! きっとまた……きっとまた遊びに来るからねぇー!!」
元気に手を振る悠紀と悠加。
(悠紀と、悠加ちゃんを助けてくれたお祖母ちゃん。悠紀もあんな風に、強く綺麗になりたいな……。悠紀……絶対にお祖母ちゃんの所に帰ってくるから。絶対!!)